旅する精神 移動する身体

失われた街、旅を、移動する住まいを、ひとところに居続けられない(いつかは失われる)身体の記録。

大阪中津スパイス通り(2)

で、いよいよスパイスカレーである。どうしてカレーなのか。その答えは単純である。ちょっと贅沢なランチなんだが、イタリアンやフレンチのように一人で食べても恥ずかしくないし、ラーメンほどカジュアルすぎるわけでもない。

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大阪天満、「ハルモニア」の合いがけ

こんな感じでなかなかに華やか。そんなに待たされることもなくすっと出てくるし、大阪らしくおっさんの昼飯にしても十分な量があるので腹いっぱいにもなる。ついでにおっさんの気張って食べたい虚栄心をちょっとだけ満たしてくれる。例えば、次は取引先と一緒に、とか会社の女子を何人か連れて行って・・・などとおっさんなりにさらに楽しい時間を妄想することだってできるわけだ。

中津はデザイン事務所とかいわゆるクリエイティブ系の小さい事務所がどうも多いらしく、昼になるとノーネクタイの男性がメシにありつこうと通りをうろうろしているのをよく見かける。そういう人種にとって「映える」カレーはまさにうってつけのランチだ。つまりマーケットとしてまずカレーが繁盛するだけの素地は十分にあるということになる。

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中津のスパイス通り(勝手に命名)の風景。立ち並ぶマンションの中は小さいオフィスが入っているところも多い。

さらに、である。カレーはランチがメインのビジネスアワーとなるため、居酒屋を昼だけ借りたランチ営業だけのカレー屋も開くことができる。「間借りカレー」というやつなのだが、これのおかげで開店のためのハードルは他の飲食店に比べてもかなり低くなっている。

かくしてカレー屋がどんどん増えていく。そもそもカンテグランデのある中津であれば、地元の客だけでなく、営業回りの途中にカレーとか梅田の買い物帰りにちょっと足をのばしてカレーといった、「ついでカレー」の需要も見こめるのだろう。気づけばカレー屋が増えている。人気のないところはすぐ消える。ローリスクローリターンがカレーの特徴だ(ついでに原価率もなかなか高くなりやすい)。

 

こういう事情で(谷町線沿線とか新町あたりも事情はかなり似通ったものと思われるが)日本一カレー店の数が多いらしい大阪のなかでも、カレーの街として知られるようになった中津の人気店といえばまずここだろう。

umedasuki.com

 今や休日になると確実に行列、気づけばルー売り切れで閉店になるという超人気店である。SOMA。ネーミングもいかにもそれっぽいが内装もなかなか強烈である。商店街の入り口にあった何かの店の跡を改装してカレー屋にしているのだが、入り口はカレー屋というよりさびれた鉢植えの専門店のようだ。実際、店内が薄暗いこともあって店の前を通り過ぎてそこがSOMAであることに気づかない人もいる。不思議なことにカレー屋らしいスパイスの香りもほとんどしない。

 

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SOMAの外観。この日はあいにく閉まっていたがこの通り何の店か一見だけでは全然わからない。

店に入ると土間の上に高さ60㎝くらいの高さで板張りの床がしつらえてあり、その上はテーブル席と奥にカウンター。ごくごくシンプルなつくりにちょっと凝った感じの植木と家具が置いてある。町家カフェというにはちょっと殺風景な気もするのだが、ここまでの人気店となってしまえばこれがまたSOMA流という独自の雰囲気になっている、ような気がするので不思議なものだ。メニューはカレーだけ。チキン、ポーク、ラム、ビーフというのが基本メニューでそこにチキンキーマとトマトのカレーがあってこれが野菜のカレーと肉のカレーのあい掛けが可能。という構成になっている。こう書いてみても何が何だかよくわからないが、食べてみてもメニューの意味はいまいちわからない。いや、全然ピンと来ないわけではないのだがやっぱりちょっと何が何だかわからないのだ。その辺もなんか店の雰囲気に合わせて怪しさ満載である。

トマトキーマカレーベジタリアンカレー(たぶん)を頼んでみた。、しばらくして出てきたのはこんなカレーだ。

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実はちょっと前に行った分を書いているので正しく何だったかは全然思い出せない。妻に聞いてもやはりそんな感じなので、間違ってたら申し訳ないが何を頼んでも問題ないくらいうまいのでやっぱりそれでいいと思う。合いがけはすこしそれぞれのルーを食べてみてからガシガシ混ぜて食べるのがデフォルト、というかこれは大阪スパイスカレーの作法といってもいい。本来無作法なはずの「先混ぜ」が美味いように作ってあるそうなので、ここは作法に従おう。

まず食べる前からかなりスパイスの複雑な香りが鼻を衝くほどなのだが、食べるとそれはより明確に、より鮮烈に感じられる。これぞスパイスカレー!と声を上げそうになるくらい輪郭のはっきりした香りがまず味より先に感じられ、そのあとにゆっくりとカレーソースの味、そしてチキンやラムといった具材の味がじんわりと舌に伝わり、そして最後に辛さがやってくる。辛さは5辛まで設定できるが3辛でも十分辛い。ちょうどいい辛さより少し辛めを頼むとさっき書いた味の変化がはっきり感じられて良いように思う。こういう味の変化を感じられるほど繊細なカレーは大阪のスパイスカレーの中でも、ここがおそらくトップクラスなのではないのだろうか。あの並ぶのが嫌いな大阪人が連日行列を作るのも納得である※。

量はおじさんにしては少し軽め、女性ならもしかすると多い位である。大盛もある。一人客にはカウンターが強い味方だ。この複雑なカレーとストイックに向かい合える(ただし夢中になってすぐ完食してしまうので注意が必要だ)のは一人ランチならではの魅力でもある。

 

調子に乗ってダントツ人気のSOMAを最初に紹介してしまったが中津のカレーはもちろんここだけでは終わらない。ここは中津商店街の喫茶「ンケリコ」で少し休憩を入れたらまた別の日に新しいカレーを紹介することにしようと思っている。ちなみにンケリコにも当然のようにカレーがあるし、ここはここで結構うまい。

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レトロチックな喫茶店「ンケリコ」。日替わりの定食はもちろんキッシュもおいしい。喫茶だけで済ますには惜しい店。

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「ンケリコ」外観。女性受けしそう、かつレトロチックで趣味のいいデザイン。

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ケーキもご覧のラインナップ。これらもひとつひとつアレンジが効いていておなかに余裕があれば頼みたいところ。

mmmquerico.asia

 

※大阪人はせっかちで並ぶのが嫌いとよく言われるのだが、実際にはカレーをはじめ食べ物の話題やうんちくを語るのが人一倍好きな気質もあるので、やはり彼らも美味しい店は並んででも食べる。ただしおいしくない店に並ぶ人たちがいると徹底的にバカにする。ちょっと巻き舌気味に「アホちゃうか?」とやるわけである。

大阪中津スパイス通り(1)

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カレーマップ

大きな画像はこちら から

 

ということで中津である。最近は梅田扱いされることも多く大阪以外の人々にとってはなかなかなじみのない街かもしれない。だがこの街、梅田まで徒歩圏内であることもあって、クリエイター関係の住人も増えてきており、なかなかのハイセンスな地域と変貌しつつある。一方で、阪急の高架下には昭和そのままの年季に入った居酒屋があったり、完全に時代の波に忘れ去られてしまったような商店街や改築間近のマンションといった景色が続いていて、なかなかに味わい深いエリアだ。

 

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中津の町並み。こんな感じでアパートが立ち並ぶ。

 中津のカレーの歴史は非常に古い。何しろカンテグランデ発祥の地だからだ。この店、開店は1972年と約半世紀に及ぶ上に、大阪のみならず関西一円にインド風の紅茶「チャイ」と」本格派のインドカレーを広めたことでよく知られた名店だ。アルバイトでウルフルズが働いていたり演劇やライブイベントといったチラシが置かれていたりして、飲食店というだけなく、サブカルチャーの発信基地という感じでもあった。

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カンテグランデのエントランス。手作り風だがなかなか手が込んでいる。

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カンテグランデ中津本店の店内。現在はこんな感じ。

そんなちょっとした歴史的背景に先ほども言ったような立地の良さもあいまって、いろんな店があちこちに今もあり、休日にはあか抜けた若いカップル(といっても気合の入ったデートという風情ではない)がのんびりと散歩をしているような場所となっている。

 

そんな中津の今は、というと、とにかくスパイスカレーが熱い。個性の強いエスニック、中でもスパイスカレーが次々に開店し、休日ともなれば人気店には行列ができ、空いてると思って入店しても「予約でいっぱい」とか「カレーが切れまして・・・」と申し訳なさそうに断られることも珍しくない。スパイスカレーだけではなく、カオマンガイ(というにはずいぶん洗練された雰囲気だが)を中心に、とにかくビジュアル映えのする料理を供する「Think食堂」や本場そのままの激旨ビリヤニが食べられる「Diamond Biryani」などスパイスフード的にも幅のある展開にもなりつつあって、昨年末に神戸に引っ越すまでは頻繁に足を運んだ。

 

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Think食堂のカオマンガイ(手前)

Think食堂

Think食堂の入り口

 

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ダイヤモンドビリヤニの外観

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ダイヤモンドビリヤニのチキンビリヤニ


この二つ、今ではなかなかの人気店だ。特にThink食堂は抜群の盛り付けの美しさもあって女性に大人気。それゆえ、夜は予約必須となっている。ランチは平日早めに行けば何とかありつけるので、近くで働いている、もしくはウィークデーが休みなら一度行ってみてほしい。見た目だけでなく美味しい看板メニューのカオマンガイをはじめ、イイ感じのスパイシーな食事が楽しめる。(カオマンガイ、東京では大人気なのだが大阪ではスパイスカレーに押されたのか少し人気控えめとなっているのでこの店は押さえたほうがいいと思う)ちなみにこの店、中年の男性二人で運営してるのだが(若干意外に感じるかもしれない)、二人の佇まいもなかなかに垢ぬけていて素敵である。


一方のダイヤモンドビリヤニも最初画像の通り閑古鳥が鳴くような苦戦が続いていたが、オリジナルのチキンカレーをランチに加えてみたり、メディアでのビリヤニ推しもあって今ではなかなかの人気だ。ただしここのビリヤニ、凄く美味なのだが一人前の量が非常に多い。女性なら2人で1人前でも良いくらい。ここだけ注意して訪れれば本場のビリヤニが堪能できる。牡蠣など季節ごとのビリヤニも提供しているのでこちらを狙うのも良い。もちろんしっかりした量を食べるだけの胃袋があれば写真の通り小皿のピクルスやカレーでいろいろ味変も楽しめる。

ちょっと長くなったので、本題のカレー話は次項に続く。