旅する精神 移動する身体

失われた街、旅を、移動する住まいを、ひとところに居続けられない(いつかは失われる)身体の記録。

新開地「たつの」のうどん

神戸高速新開地駅、東口の南側地上に上がるとちゅうに「たつの」といううどん屋がある。立ち食いのなんてことはない店なのだが、これがとてつもなく美味い。

 

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店の外観。横はパチンコ屋なのでダシの香りとタバコの煙が微妙な感じでまじりあう。

御覧のとおりの店構えだ。床のタイルはもう数十年同じものなので、ずいぶんと年季が入っている。初めてならキツネや天ぷら(天ぷらはどん兵衛でおなじみの天かすを固めたタイプのアレである)ではなくぼっかけうどんをおすすめしたい。「牛スジを煮込んだやつだからニオイや脂質が気になって」と思う向きもあるかもしれないが心配ご無用。こんな感じのあっさりしたルックスのうどんである。

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「たつの」のぼっかけうどん

ここに七味を2振りほどかけると、もう完成。立ち食いらしくダシもぎりぎり温めに止めているのでさっそくかきこむように食べるといい。

細めの麺にしっかり僅かに味醂の甘さを感じるダシが絡んで至福の喜びが口から広がっていく。ゆで麺の緩さ加減もちょうどいい。わずかに麺の感触を残すだけでスルスルと喉を通り過ぎてゆく。

 

もともとが神戸出身なので、「たつの」自体慣れ親しんだ味ではあった。

しかし、一度神戸を離れ別のところに住むようになってから改めてその美味さを思い知らされたこともまた事実である。

 

麺の腰と塩味の効いたダシで勝負する(うどんの)香川、シャキシャキとしたキレのいい蕎麦と濃くて甘いダシが自慢の(そばの)東京、それに安くて気軽に濃厚なカツオダシとパンチの効いた麺を供する沖縄そば。確かにそれらも素晴らしく美味であり、アピールポイントが明確である分他人にも伝えやすいと思う。私も大好きだ。

 

しかし、「たつの」のうどんはゆでおき麺だし、天ぷらもキツネもレディメードのどこにでもある材料のように見える。だから東京に住むまでは、ここのうどんを他人に勧めることはなかった。改めて気づかされたきっかけ、それは今では忘れてしまったが、間違いないのは懐かしさを上回る感動であったのだとは思う。

その後、また東京でも大阪でも香川でもあちこちまた麺を食べあるき、経験は深まったはずだが、「たつの」は依然として自分の中で確実に三指に入る名店だ。

 

理由について、戸田君が重要な指摘をしていたのだが、美味さの一つに「丁寧な湯切り」ではないかということを言っていた。

確かに、テボで湯通しした麺を、この店の大将は少し神経質なくらい細かく湯切りしていた。つまりオーバースローで投げ下ろすようにやる派手なラーメンの湯切りの全く逆である。この動作が細麺のうどんの麺のチョイスと相まって、しっかりとしたダシとの絡みを実現しているということだ。

なるほど、と手を打ったのだが、それ以上に謎は深まったともいえる。丁寧な湯切りだけでおいしいうどんが作れるわけではないからだ。不思議に思ってまたそれから何度も通ったのだが、「たつの」のうどんは何も答えない。ただ、いつものありきたりな様子で見た目何の変哲もないうどんを私も含め私のようなお金のない中年たちに手早く提供しているだけである。女に惚れた男が女の何気ない所作に深淵な意味を見出して迷うようなことはしたくないが、それに迫る魅力がこの店のうどんにはある。

 

tabelog.com

 

先日、立川志らく師匠がテレビでここのうどんを絶賛していたそうである。なるほど、正月すこし賑わっていたのはこのせいか(笑)

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